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created 8/12/15; last modified and updated 8/21/15 

 中国古陶磁の鑑定は、他の美術品にもまして難しいものです。実際には誰も正解を知らず、それが当たっているかどうかの判断が原則としてできないからです。とはいえ、正解は存在するはずです。したがって、それなりの判断力を身につければ、正解に近い判定が可能になるのではないでしょうか。そのためには、ひたすら経験を積むしかないのですが、従来は、そこに難しさがありました。中国陶磁器は、そもそも高額であるため、数多くの陶磁器を個人で入手することは不可能であることに加えて、博物館や美術館に収蔵されているものも限られているため、経験を積むにしても、おのずと限られていたからです。

 ところが、今から20年ほど前に、状況が大きく変わりました。幸か不幸か、中国大陸から、世界中に、貴重な骨董品がまさに大量に流出するようになり、その状況が今なお続いているからです。この事実については、新聞に掲載された記事を集めたこのページをご覧ください。なお、この問題は、『闇に消える美術品――国際的窃盗団・文化財荒らし・ブラックマーケット』(2003年、東京書籍刊)の第9章「香港、この巨大な倉庫」や、三杉隆敏著『真贋ものがたり』(1996年、岩波新書)でも扱われています。このような出自のものの恩恵に浴するのは、少々気がとがめるところではありますが、研究者よりも盗掘者のほうが現場到着が早く、研究者も盗掘者から発掘品を購入することがある(三杉、1996年、212ページ)ほどなので、ある程度はやむをえないことなのでしょう。(ただし、明朝以降の陶磁器は、原則として地上に保管されていたため、由来が異なります。)

 とはいえ、それでも経験を積むのが難しいわれわれ素人にとって、主観的な推定ではなく、客観的な指標が使えると、ずいぶん違ってくるはずです。陶磁器の場合、特に中国陶磁器の場合には、昔から、そうした指標がいくつか知られていました。そのひとつは、焼成後、長い年月が経過すると、釉表面に被膜が現われ、これが光を反射して虹色に輝く<虹彩>と呼ばれる現象です。光彩(luster)は、光沢のようなものを指す言葉ですが、虹彩(iridescence)は、それとは違って、経年変化によって出現する現象です。

 これは、誰でもすぐにわかるほどはっきり見える物理的変化なのですが、現在のところ、虹彩の写真を網羅的に集めたウェッブページはあまり見当たらないようなので、これまで手元の陶磁器で撮影してきたものを、ご参考にしていただくために公開することにしました。虹彩は、古くは漢代の緑釉から、古い青磁、唐三彩、元明清の景徳鎮陶磁器――青白磁、五彩、法花、粉彩など――でよく見られます。わが国の陶磁器では、元禄時代の柿右衛門や古九谷などにまで遡らなければならないことからわかるように、虹彩が出るには、やはり300年ほどの年月が必要なようです。したがって、虹彩が出ているということは、それだけ古いものであることの客観的指標になるわけです。

 虹彩が出現しやすい釉は、緑釉や黄釉や藍柚などのようで、紅釉で見られることはほとんどありません。青磁では、越州窯や耀州窯で見られますが、全面に出るようなことはまずなく、一部に表出する程度のことが多いようです。また、汝窯、北宋官窯、南宋官窯、鈞窯、龍泉窯などでは、原則として見られないようです(鈞窯では、高台裏の鉄釉に出ていることがあります)。

 また、千年前後が経過した緑釉や青磁では、釉薬の風化によって起こる<銀化>と呼ばれる現象が見られることがあります。これも客観的指標として役立つでしょう。

 もうひとつの客観的指標は、明代までの景徳鎮陶磁器に限られますが、いわゆる胴継という手法の痕跡です。これは、清代以前の景徳鎮の胎土が硬く、ロクロ成形に向いていなかったため、各部に分けて成形したものを接着してからロクロで形を整える、という経過を経て作られた結果です。胴継の痕跡は、胴部や首を継いだ跡と、底を嵌め込んだ跡のふたつがあります。盤や小さな器まで、同様の手法で作られました。ただし、ていねいにその痕跡を消したものもあるので、一見して胴継の跡が見られないからといって、その当時のものではないという証拠にはなりません。逆に、胴継の跡があれば、それはまちがいなく明朝までの景徳鎮陶磁器ということになります。

 ちなみに、かの岡本太郎は、たとえ現代の贋作でも、いいものはいいではないか、と公言していたそうです。したがって、古ければよいということではないのでしょう。芸術的な観点からは、その通りなのかもしれませんが、中国陶磁器の場合、ひとたび本物と判断されれば、ガレージセールでわずか3ドルで買った定窯の小さな碗が、223万ドル(当時の為替相場で2億1000万円)で落札されるのです。ヤフオクでも、汝窯も出品されていれば定窯も出品されていますが、それらは、数千円からせいぜい2,3万円程度の価額でしか落札されません。

 このとてつもない落差は、いったい何なのでしょうか。それは、ヤフオクに出品されるようなものは偽物に決まっていると誰もが考えているからでしょう。しかし、本当のところはどうなのでしょうか。中国大陸から世界中に貴重な骨董品が、まさに大量に流出しているという事実を考えると、専門家がこれまで考えてきたこと――つまり、本物は世界中にごく少数しかないと推定してきたこと――はまちがっているのではないでしょうか。この疑問を解消するためにも、正確な鑑定が何にもまして必要になるはずです。

 次の各画像をクリックすれば、それぞれの写真をご覧いただけます。参考にしていただければ幸甚です。





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